スポーツ

2019年9月14日 (土)

一流のバッターのように

国語でも英語でも、読解問題に強くなるには、一流のバッターのようになることです。そのくらい共通点が多いと感じます。

第一に、基礎的な技術がしっかりしていること。読解でいうなら、語彙力や文法的な力が充実していることが大切です。

第二に、読みが鋭いこと。もちろん読みははずれることもありますが、一流のバッターほど過去の経験やここまでの配球から勝負球を間違えることが少ないように思います。読解も同じ。これまでの経験や論理的思考力を駆使して、先の展開を予測しながら文章を読みましょう。読みがはずれていた場合はまた修正すればよいのです。とにかく、「読まされる」のではなく「読む」ことが大事です。

第三に、視線を早く切らないこと。一流のバッターになればなるほどボールを長く見ることができるものです。問題文や本文は時間の許す限りよく読みましょう。ダメなバッターと一緒で、視線を早く切ってしまうと、結果もろくなことになりません。

2019年8月19日 (月)

組織で学べること

チームスポーツ、団体競技は「主役」だけでは勝てない。このことは一時期の巨人を思い出してもらえれば納得できるのはないでしょうか。毎年のように各球団の四番打者を集めても、勝ち続けたわけではなかったのですから。

野球でいえば四番やエース、サッカーでいえばファンタジスタやストライカーは目立ちますし、そういったポジションに憧れ、それらを目指してプレーする人が大半だろうと思います。しかし、誰もが「主役」になれるわけではありませんし、繰り返しになりますが、「主役」ばかりではチームは機能しない。

たとえ「主役」になれなかったとしてもがっかりする必要はありません。自分の強みは何かを冷静に判断し、「自分の勝てる場所」を見つけてそこで勝負する。そうすれば自ずと道は開けます。もしかしたら「主役」よりも長く活躍し、一流の評価を得ることもできるかもしれません。

スポーツに限らず、組織で学べるのはそういうことなんだと思います。

2019年8月14日 (水)

怖さを知る

「怖さを知って本物になる。チャンスをつかんで、レギュラーになって、そこで初めて追われる怖さだったり、結果に対する怖さを知る。そこからがプロの勝負。最後はその怖さを楽しめるのが、一流選手だと思う」

ミスタータイガースと呼ばれた掛布雅之さんが現役時代を振り返るとき、「野球の怖さ」というワードがしばしば登場します。

一流選手は気が小さく、繊細で臆病だとよく言われます。「打てないんじゃないか」「抑えられないんじゃないか」と内心はビクビクしている。だからこそ、毎日コツコツと練習するのでしょうし、それが裏付けとなって、「俺はここまで練習しているんだから」と気持ちを奮い立たせることができる。

もちろん自分を奮い立たせても打てないときや打たれるときもあるでしょう。それでも、「必ず打てる」「必ず抑えられる」「そのために徹底的に練習するんだ」と、自分に暗示をかける。そうやって、みんな一流の階段を上っていったのです。

 

 

2019年8月12日 (月)

バウンスバック

ゴルフ用語の1つに「バウンスバック(bounce back)」というものがあります。

「バウンスバック」とは、直訳すると「跳ね返る」「立ち直る」という意味。転じて、ボギーより悪いスコアを出した次のホールでバーディ以上のスコアを出すことをバウンスバックといいます。

ツアーによっては公式成績として採用し「バウンスバック率」としてランキング化しています。国内女子ツアーでバウンバック率1位は、先日、全英女子を制した渋野日向子選手。

このバウンスバック率1位の要因について、渋野選手は「なぜだかわからない」としつつ、「ボギーの後のバーディーを取る確率は上がっているので、パットの技術も、気持ち的にも成長しているのかも」と意識はあるようです。

「ボギーを打つのはメンタルもやられてしまいますが、逆にすごく燃える部分もあります」と、渋野選手にはマイナスを跳ね返す力、切り替える力があるのがわかります。

トレードマークの笑顔についても、本人からは「結構感情の起伏がある」といいます。バウンスバックの質問の時も「ボギーを打つと怒っているので、その怒りを(次のホールの)ドライバーにぶつける!」と話していたことが印象的でした。

ゴルフに限りませんが、ずっと好調を維持するのは難しいもの。悪い時には引きずらずに気持ちをできるだけ早く切り替えたり、怒りをパワーに変えられる渋野選手のメンタルの強さを見習いたいものです。

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2019年8月 3日 (土)

高校野球の年間スケジュールを見直すときが来ている

プロ注目の佐々木朗希投手のいない夏の甲子園が始まろうとしています。岩手県大会決勝で佐々木投手が登板せず、大船渡高校が敗れたことは全国的な話題となりました。

現行の高校野球の年間スケジュールが詰まりすぎていることは明らかです。夏が終わり新チームが結成されてすぐに選抜甲子園大会の切符をかけた一発勝負の戦いが始まるため、エース以外の投手を試したり育てたりする余裕がないのです。

エース不在を含めてあらゆる状況を経験することでチームは成熟していきますが、秋の大会から「負けたら終わり」の戦いを強いられるため、メンバーや戦い方で新たなチャレンジができにくいことは否定できないでしょう。

先日、カブスのダルビッシュ有投手が「春の地方大会をやめて、夏の県大会予選を5月からやればいい」とSNSに投稿し、注目を集めました。これは意義深い、良い提案だと思います。

春の地方大会のみならず、そもそも選抜大会が必要かどうかを含め、高校野球全体のスケジュールを大きく見直すときが来ているのではないでしょうか。

2019年7月26日 (金)

勇気ある決断

As20190725001731_comml 第101回全国高校野球選手権岩手大会は25日、県営野球場で決勝があり、高校史上最速となる163キロをマークした佐々木朗希(ろうき)投手 (3年)を擁する大船渡が花巻東に2対12で敗れました。プロ注目の大船渡・佐々木投手(3年)の登板はありませんでした。

佐々木は24日の準決勝・一関工業戦で129球を投じて完封。決勝で登板すれば連投でした。国保監督は「私が判断しました」と温存を決断。理由は「故障を防ぐ」ためとし、「投球間隔と気温です。今日は暑いですし」と説明しました。

賛否両論あると思いますが、私は監督の判断を支持します。プロに行くであろう佐々木投手の将来を考えれば正しい判断だったと思うからです。しかし、そうだとわかっていても、なかなかできることではありません。監督の勇気ある決断に拍手を送りたいと思います。

2019年6月19日 (水)

久保建英選手にはインテリジェンスを感じる

今月、史上2番目の若さでサッカー日本代表として初出場を果たした18歳、久保建英選手がJ1のFC東京からスペイン1部リーグの強豪、レアルマドリードへの移籍することになりました。

スペイン1部リーグの強豪、バルセロナの下部組織で育ち将来の日本サッカーを背負う逸材として注目を集めていましたが、2014年にFIFA=国際サッカー連盟から原則禁止とされる18歳未満の外国選手を獲得したとして、バルセロナが制裁を受け、公式戦に出られなくなったため2015年に帰国しFC東京に所属していました。

久保選手は、今月4日に18歳になり海外クラブへの移籍が可能となったため、移籍合意したレアルマドリード以外にも古巣のバルセロナ、フランスの強豪、パリサンジェルマンなどヨーロッパの複数の強豪クラブが獲得に関心を持っていてその動向が注目されていました。

久保選手に限らず、10代で活躍する人たちは皆、技術があるのはもちろんのこと、精神的に大人であり、インテリジェンスを感じます。それが若くして活躍できる秘密なのかもしれませんね。彼らの今後がとても楽しみです。

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2019年6月 9日 (日)

男子100メートルで日本新記録

Pimg_11509_2_1 日本の男子短距離界に、また新たな歴史の一ページが加わりました。

7日、アメリカテキサス州オースティンで行われた全米大学選手権の男子100メートル決勝で、サニブラウン・ハキーム(フロリダ大)が日本新記録となる9秒97(追い風0・8メートル)をマーク。200メートル決勝でも、日本歴代2位となる20秒08(追い風0・8メートル)を出し、自己記録を0秒05更新しました。

日本選手も9秒台を出すのが普通になってくればすごいことです。来年の東京五輪が楽しみですね。

2019年5月 6日 (月)

三島弥彦

As20190221004218_comml三島弥彦は1886年東京生まれ。元薩摩藩士というエリート一家に生まれ(父は福島事件で有名な、あの三島通庸です)、しかも170センチという当時でいえば長身でスポーツ万能でした。

それだけでなく、頭脳明晰で学習院で学んだあと、東京帝国大学(法科)へ進学します。

帝国大学在学中の26歳の時に、日本初のオリンピック代表選手となり、1912年のストックホルムオリンピックに参加しました。結果は振るいませんでしたが、日本人選手が世界へ進出するきっかけを作ったと言われています。

引退後は銀行員となり、横浜正金銀行ニューヨーク支店支配人を務めました。

大河ドラマの『いだてん』の主役は金栗四三ですが、三島弥彦も十分すごい人物ですね。

2019年3月12日 (火)

日本選手初の総合優勝

スキージャンプ男子の小林陵侑選手が10日、ノルウェーで行われたワールドカップで5位に入り、5試合を残して日本選手で初めてのワールドカップ総合優勝を決めました。

1979年から始まったジャンプ男子のワールドカップで日本選手が総合優勝するのは初めてで、ヨーロッパ以外の選手が総合優勝するのも初めてです。

小林選手は岩手県八幡平市出身の22歳。素晴らしい快挙ですね。

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