スポーツ

2020年9月19日 (土)

「飼い殺し」状態になるくらいなら

巨人がペナントレースを独走する一方で、居場所がなくなっているのが、名前を上げて悪いですが、陽岱綱と野上亮磨、岩隈久志です。

陽は2016年オフに5年の大型契約を結んで日本ハムから移籍したものの、レギュラーどころか規定打席に到達したシーズンが一度もありません。17年オフに西武からFA移籍した野上も2年間で計5勝と目立った成績を残せず、現在はファームで調整中。また、18年オフにメジャーから日本球界に復帰した岩隈も巨人に入ってからは1軍で1試合も投げていない。

「何が何でも巨人!!」と考え、ドラフト指名されてもそのチームに入団しない選手は減りましたが、FA制度導入以後、高い年俸を求めて他球団から巨人に移籍するケースは目立つようになりました。

プレッシャーなのか何なのかわかりませんが、他球団から巨人に移籍してきて成功したケースはほとんどありません。巨人の待遇はよいのかもしれませんが、年俸に見合った活躍ができないのにそこに留まることに心は痛まないのでしょうか。「飼い殺し」状態になるくらいだったら、他球団でプレーした方がよいのではないでしょうか。プロ野球選手は1軍でプレーしてこそ輝けますし、存在価値があるように思います。

2020年8月 3日 (月)

照ノ富士、復活優勝

約2年半ぶりに幕内に復帰した元大関の東前頭17枚目・照ノ富士(28)がカムバック優勝。けがによる序二段落ちを乗り越え、関脇時代の2015年夏場所以来2度目の賜杯を手にしました。

30場所ぶりの賜杯は、元関脇・琴錦の持つ43場所に次ぐ、史上2位のブランク優勝。大関経験者の関脇以下での優勝は、76年秋場所の魁傑(当時・西前頭4枚目)以来で昭和以降2人目。再入幕、幕尻優勝はともに今年初場所の徳勝龍以来となりました。

「5回くらい親方(伊勢ケ浜親方)に辞めさせてくださいと伝えた」と気持ちが切れそうなこともあったが、周囲の励ましを力に現役を続行。体調が戻るとともに番付も戻して今場所、2018年初場所以来の幕内復帰を果たしていました。

今場所は照ノ富士に頑張ってもらいたいと思っていましたが、まさか優勝するとは。コロナ禍の中での久々に明るい話題のような気がします。おめでとうございます!!

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2020年7月20日 (月)

史上最大の復活劇

20200720s00005000102000p_view14場所ぶりに幕内に復帰した元大関の照ノ富士が落ち着いた相撲で白星発進しました。

両膝のケガなどで序二段まで落ちてからの復活で、誰でもできることではありません。幕内での勝利は大関だった17年秋場所3日目以来で1041日ぶり。再び上位で相撲が取れることを信じて懸命なリハビリと鍛錬を続けてきた照ノ富士。「一日一番、毎日優勝争いと思ってやる。一日一番を大事にして全力をぶつける」と高い意識で土俵に上がっている。

半年ぶりに観客入りの本場所を迎えていますが、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、1日の上限は2500人。歓声などもあげられない中、元大関の相撲に対しては、大きな拍手が送られていました。不屈の闘志で、ぜひ本場所を盛り上げてほしいですね。

2020年6月19日 (金)

ザ・ファンクス(The Funks)

英語で「the 苗字s」は「〇〇一家」を表すというのを私が初めて知ったのは、ザ・ファンクス(The Funks)がきっかけでした。

ザ・ファンクスというのは、兄ドリー・ファンク・ジュニアと弟テリー・ファンクによる兄弟チーム。日本では、1970年代から1980年代にかけて日本プロレスおよび全日本プロレスで活躍しました。

ザ・ファンクスが最も輝いたのは、何と言っても、1977年の世界オープンタッグ選手権の最終戦でしょう。ブッチャー・シーク組がフォークを持ち出してファンクスを血まみれにする猛攻、ブッチャーとシークが二人がかりでドリーを痛めつけているところにテリーが救出に入るシーンは日本プロレス史に残る名場面の1つです。

倉持隆夫アナの「テキサスブロンコの魂」「男のロマンを遺憾なく見せつけています」という実況と共に、プロレスファンにとっては絶対に忘れられない試合となっています。

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2020年6月10日 (水)

中村俊輔選手の言葉から

497597_2 課題が出てこない試合なんてない。

これは、日本代表の10番を長きに渡って背負い、今も現役として活躍しているサッカーの中村俊輔選手の言葉です。

テストについても同じことが言えます。全教科満点の人でもない限り、課題は常に見つかるものです。見つかった課題に真正面から立ち向かう人になるか、課題から目をそらしてしまう人になるか。それがやがて大きな差になるのです。

私たちは成功している人を見ると、課題なんてないんだろうなとつい思ってしまいます。たとえあっても、才能があるから何でも楽にクリアしてしまうんだろうなとも。しかし、課題のない人なんていませんし、楽に克服できる人もいません。勉強に才能というものがもしあるのだとしたら、課題から逃げず、それに立ち向かい続けられることこそが才能だと言えるでしょう。

目先の点数よりも、課題を発見し、克服する姿勢があるかどうかにこだわってください。そうすれば、自ずと結果はついてきます。

2020年6月 1日 (月)

ウエスタン・ラリアット

プロレスの必殺技として最も有名なのは、スタン・ハンセンのウエスタン・ラリアットではないでしょうか。この技が出ると試合は終わる。そのくらい説得力のある技でした。

この技の最も有名なエピソードは、1976年4月26日にプロレスの殿堂、マジソン・スクエア・ガーデン(MSG)で行われた、当時のWWWF(現WWE)ヘビー級王者 ”人間発電所”ブルーノ・サンマルチノとの一戦です。

この日、MSG初登場のスタン・ハンセンは舞い上がっていたようです。その結果、雑な技を連発してしまい、ブルーノ・サンマルチノの首を骨折させてしまいます。その技こそウェスタン・ラリアットであると言われました。

真偽のほどはさておき、この逸話を引っさげて来日したハンセンは、瞬く間に大人気レスラーになっていきました。その暴走ファイトとブルロープにテンガロン・ハット、そして人差し指と小指をたてて天高く突き上げるテキサス・ロングホーンと「ユース!(Youth!=俺たち若者の時代だ!)」(「ウィー!」ではない)のかけ声は、当時のプロレスファンを虜にしたのです。

その後、現在に至るまでラリアットを使うレスラーは増えていきましたが、本物の使い手はハンセンだけだというのが私の正直な感想です。



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2020年5月31日 (日)

毒霧

毒霧(どくぎり)は、口から霧状のものを吹き付ける、東洋系ギミックの日本人プロレスラーがよく使うプロレスの反則行為です。毒霧をどのようにレスラーが吹いているのかは使用者たちが明らかにしておらず、プロレス界の大きな謎とされています。

毒霧の使い手として元祖であるザ・グレート・カブキは、ゴム風船やコンドームの中に毒霧の素を仕込んでおいて狙った都度、噛み切って吹くということを明らかにしています。また、リング下に隠しておいたり、セコンドに持たせておくなどの説も有力であり、レフェリーと協力する場合も考えられます。

成分についてはアンモニア水説、ニンニク説、玉ねぎ説、炭酸水説、食紅説など諸説あります。『プロレススーパースター列伝内』では、カブキの毒霧は13種類の毒草や毒キノコの粉末を混ぜ合わせて作るなどと解説されてますが、それはあり得ず、体に無害のものが用いられていると思われます。

毒霧はいかにもプロレス的な技(?)ですが、コロナの時代にはやりにくいものになってしまうでしょうね。少しつまらない気もしますが。

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2020年5月27日 (水)

ダーティーチャンプの流儀

相手にピンフォール、ギブアップ、ノックアウトは取らせず、リングアウト負けや反則負けを選んでAWA世界王座を防衛する。そのような姿勢から、ダーティーチャンプと呼ばれたプロレスラーがいました。それがニック・ボックウィンクルです。

「相手がワルツを踊ればワルツを踊り、ジルバを踊ればジルバを踊る」というのが彼の流儀。これはプロレスの本質と彼のレスラーとしての誇りを表した名言であると思います。つまり、相手のスタイルに合わせてレスリングをして、相手の持ち味を十分に引き出し、観客を楽しませるのがプロレスなのだと。

たしかに守ることに徹すれば、ベルトはなかなか移動しないということはできます。しかし、だからといって、プロレスの試合を成立させた上で、長きにわたってチャンピオンであり続けることは誰にでもできる芸当ではありません。

プロレス初心者にはわかりづらいかもしれませんが、人間が保守に回ったときの強さ、醜さ、卑怯さ、未練などをリング上で十分に表現し得たニックは強いレスラーであり、素晴らしいレスラーの一人だった。そう断言してもよいと思います。


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2020年5月25日 (月)

クセがすごい!②

大学入試の日本史では、残念ながら、出題者の見識を疑いたくなるような、難問というより奇問・悪問の類が出題されることがたまにあります。しかし安心してください。このような問題は落としても合否に影響はありません(ほとんどの人が解けないからです)。加えて、入試改革により、このような問題は今後減っていくことが予想されます。ですから、仮に試験場でこのような問題に出くわしてしまったなら、笑ってスルーするようにしましょう。

問 スポーツに関連し、1958年にプロ野球の新人王を獲得、その鮮烈な活躍で王貞治と共に「ON砲」と呼ばれ、人々を熱狂させたプロ野球選手はだれか。(2003年 立命館大―国際・文・経営)

解答 長嶋茂雄

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日本史に関していうと、立命館大学は最も難しい問題を出す学校の1つですが、こういう問題で難度を上げるのはいかがなものか。個人的にはおもしろいと思いますが、プロ野球好きの受験生でなければ正解できないような問題を出題すべきではないでしょう。

2020年5月21日 (木)

夏の甲子園も中止

春に引き続き、夏の甲子園も中止が決まりました。これは「衝撃」でもなんでもなく、予想通りの結果といえます。

新型コロナウイルスの感染拡大で今夏開催予定だった全国高校総合体育大会(インターハイ)及び全国中学校体育大会(全中)の中止がすでに決まっているにもかかわらず、夏の甲子園だけが「開催」の道を選ぶとなれば、間違いなく反発の声が上がったことでしょう。

仮に無観客試合として開催したとしても、期間中に選手やチーム関係者、あるいは大会スタッフらの中から感染者が1人でも出れば主催者を含めた運営サイドの責任問題に発展することは必至で、下手をすれば、大会の存続自体が危ぶまれる流れにもなりかねません。

3年生は特に悔しいでしょうし、残念だと思います。しかし、甲子園の中止がこれまでやってきたことの全否定にはならないはずです。気持ちを切り替えるのは大変でしょうが、次の新たなステージで力を発揮してほしいと願います。

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