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2020年7月30日 (木)

もし大学受験に長文読解問題がなかったら

自分自身のことを振り返ってみると、もし大学受験に長文読解問題がなかったら、「表面だけなぞってわかった気になって終わる」程度の読みしかできないままで一生を終えることになっただろうと感じます。

記述問題を含めた深いレベルの問いに答えるよう練習を積んだことで、大学で学ぶ姿勢なり前提となるものをどうにか身に付けられたように思うのです。

読解問題を攻略するために、論理や客観性を否が応でも意識したことで、頭の使い方が変わったところが多々ありました。普通に生活していく中で論理や客観性を獲得できる人もいるのかもしれませんが、私の場合は大学受験を経験していなければ自己流(自分勝手)から抜け出ることはなかったと断言できます。それだけでも大学に行った価値があったと今にして思います。たとえ大学で学んだことをほとんど忘れてしまったとしても。

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