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2020年5月 7日 (木)

安達ケ原

昔、京都の公卿屋敷に「岩手」という名の乳母がいて、姫を手塩にかけて育てていました。その姫が重い病気にかかったので易者にきいてみると「妊婦の生き肝をのませれば治る」ということでした。そこで岩手は生き肝を求めて旅に出て、安達ケ原の岩屋まで足をのばしました。

木枯らしの吹く晩秋の夕暮れ時、岩手が住まいにしていた岩屋に、生駒之助・恋衣(こいぎぬ)と名のる旅の若夫婦が宿を求めてきました。その夜ふけ、恋衣が急に産気づき、生駒之助は産婆を探しに外に走りました。 この時とばかりに岩手は出刃包丁をふるい、苦しむ恋衣の腹を割き生き肝を取りましたが、恋衣は苦しい息の下から「幼い時京都で別れた母を探して旅をしてきたのに、とうとう会えなかった・・・」と語り息をひきとりました。ふとみると、恋衣はお守り袋を携えていました。それは見覚えのあるお守り袋でした。なんと、恋衣は昔別れた岩手の娘だったのです。気づいた岩手はあまりの驚きに気が狂い鬼と化しました。以来、宿を求めた旅人を殺し、生き血を吸い、いつとはなしに「安達ケ原の鬼婆」として広く知れわたりました。

紀州の僧侶である祐慶が安達ケ原を旅し、ある岩屋で宿を求めることになりました。岩屋には老婆が独りしかおらず、喜んで祐慶を招いたようです。夜であるため薪を取りに行くことにし、祐慶を残して出かけました。奥の部屋は決して覗かないようにと言い残して。
しかし祐慶が覗くと、たくさんの白骨死体がありました。旅人を殺して肉を食う鬼婆の噂を思い出し、祐慶は岩屋から逃げ出します。戻ってきた老婆は、祐慶がいないことに気づき、必死になって追いかけました。捕まりそうになった祐慶は、菩薩像を荷物から取り出し、経を唱えました。すると菩薩が表れ、矢を射って鬼婆を仕留めました。

祐慶は阿武隈川の近くに墓を作り、鬼婆を埋葬しました。その墓が黒塚と呼ばれるものです。

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能の『黒塚』も、長唄・歌舞伎舞踊の『安達ヶ原』、歌舞伎・浄瑠璃の『奥州安達原』もこの黒塚の鬼婆伝説に基づいています。

ちなみに、マンガでは、能の『黒塚』を下敷きにして描かれた手塚治虫の『安達が原』というSF短編があります。衝撃のラストに胸打たれる素晴らしい作品です。まだの方はぜひご一読を。

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