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2019年7月20日 (土)

時には割り切りも必要

塾は英語で “cram school” 、直訳すれば「詰め込み学校」と言います。

もっと良いネーミンがなかったのかという気がしないでもありませんが、教師には、時に事柄をただひたすら暗記させる割り切りも必要です。特に小・中学生に対してはそうです。というのは、子どもでは理解できないものというのがあるからです。それらをすべて理解させることができるという人がいるとしたら、それは錯覚か傲慢に過ぎるのではないでしょうか。

たとえば、歴史上の人物がなぜすごいのか、いちいち納得・理解させることはできませんし、その時間もありません。もちろん源義経だとか豊臣秀吉のようにわかりやすくすごい人物もいますが、世阿弥だとか田沼意次のすごさがわかるには、ある程度の年齢にならないと難しいと思います。あるいは、「前の戦争は全面的に誤りだった」は通じるでしょうが、「それでも、日本人は戦争を選んだ」は子どもには通じにくいでしょう。

すべてをただ「覚えろ!」の一言で片付けるのは論外ですが、いずれわかる瞬間が訪れることを信じて暗記を強制することがあってよいですし、教師はそれを躊躇してはならないと考えます。

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