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2018年11月 1日 (木)

我々の手腕が問われている

気力、体力はあって当然。それを強調しなければならないようでは、プロとして情けなく、恥ずかしい。プロ失格と言ってもいい。いやしくもプロであるならば、知力を持って勝負すべき。

これを信念に、データやミーティングを重視して、ヤクルトの黄金時代を現出。最下位が定位置だった楽天を初のCS進出に導いたのが野村克也元監督です。阪神で成功できなかったのは、大変失礼ながら、阪神が知力以前の状態だったからでしょう。阪神には、星野監督のような、強制してでもやらせる人が必要でした。

本来、塾は「学校+α」の存在。学校の補習ではなく、「+α」の部分にこそ重きが置かれる。そういうものでした。しかし、いつの頃からか二極化が進み、学校の補習をメインとせざるを得ない者が増えてきているというのが全国的な傾向です。

もちろん、生徒はプロではないのですから、多くを求めすぎては酷です。しかし、現状をただ受け入れているだけでもいけない。理想と現実のギャップをできるだけ少なくする。我々の手腕が問われています。

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