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2018年5月13日 (日)

同質性を前提にしない

「皆が同じ価値観を共有し、同じことで泣いたり笑ったりする」といった同質性を前提とした学校経営、教室運営は、小規模校ですら、もう成り立たないのではないでしょうか。

産業構造の高度化や市町村合併等の影響で、我が国に農村的共同体はほとんど見られなくなりました。互いをよく知っていて、濃密な関係で学校を支える、そのような農村的共同体があってはじめて学校における共同性は実現するわけです。それがない以上、「みんな仲良く」的な発想は捨てなければなりません。

学校も現実社会同様、「こういうことをすれば罰せられる」というルールの共有によって関係を成立させる時期に来ています。

これは寂しいことではありません。同質性を前提にしているから、そこからはみ出た者がいじめのターゲットにされたり、いじめまではいかなくても「同調圧力」に苦しめられるという面があったことは誰も否定できないでしょう。農村社会に戻ることはもうできないわけですから、学校のあり方も変わっていかなければ子どもたちがかわいそうです。

同質性を前提としなくても「平和共存」できる。学校はそのような場にならなければなりません。同時に、児童・生徒も、どうしても合わない人を「敬して遠ざけ」たり、「やりすごす」術を身に付けていくべきだと思います。

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