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2017年7月25日 (火)

邪馬台国論争の意味

邪馬台国は九州にあったのか畿内にあったのか。昔から議論されている問題ですが、いまだに決着がついていません。邪馬台国がどこにあったかはなぜそんなに重要なのでしょうか。

九州説をとれば、3世紀には北九州を中心とする小規模な統合体が生まれていた程度で、広範な統一はこれ以後ということになります。一方、畿内説をとれば、3世紀には西日本全体に及ぶ広域な政治連合が成立していたことになり(当時の大陸に渡るルートは北九州から対馬を経由するルートしかなかったため)、のちのヤマト政権につながることになります。

つまり、邪馬台国が九州にあったか畿内にあったかで、ヤマト政権による統一の時期が異なってくる。だから、邪馬台国がどこにあったかは重要なのです。

St1

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