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2017年7月10日 (月)

日中・日ソ関係

問 下線部(日中・日ソ関係)に関連して、中国あるいはソ連との関係について述べた文として誤っているものを、次の①~④のうちから一つ選べ。(2004年 日本史1級)
① 1951年、日本が連合国48カ国との講和を実現したサンフランシスコ講和会議の際、中華民国政府を支持するアメリカと、すでに中華人民共和国政府を承認していたソ連との意見が対立し、中国の両政府とも、会議には招請されなかった。
② 1956年に調印された日ソ共同宣言では、平和条約締結の交渉を継承する、条約締結後に歯舞群島・色丹島を日本に返還する、という合意が形成されたが、そののち両国は領土問題などで対立し、日ソ間位は結局、平和条約は締結されなかった。
③ 1972年、ニクソン大統領の訪中後、田中角栄首相が訪中して日中共同声明を発表した。この共同声明には、戦争状態の終結と日中国交の正常化などが規定され、日中間の戦後処理には一応の決着がつけられた。
④ 1978年になってようやく日中平和友好条約が成立した。日中共同声明の発表から平和友好条約調印までに長い時間を要したのは、いわゆる「覇権条項」をめぐって、日本と中華人民共和国との見解が対立したからである。

サンフランシスコ講和会議に中華民国、中華人民共和国いずれの政府も招かれなかったのは、中華民国政府を支持するアメリカと、すでに中華人民共和国政府を承認していたイギリスの意見が対立したから。

難問の部類に入ると思いますが、歴検では繰り返し出題されているポイントなので押さえておきたいところです。難関大入試もそうですが、戦後も手を抜いてはいけません。

解答 ①

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