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2016年7月12日 (火)

源頼朝像のこと

Item01a_2教科書に載っていて、誰もが知っている例の源頼朝像は、平重盛像・藤原光能(みつよし)像ととともに、京都・神護寺に由来します。しかし、肖像画自体には像主を示す記述は一切なく、『神護寺略記』という文書に依拠したものに過ぎませんでした。

1995年、美術史家の米倉迪夫(みちお)氏により、伝源頼朝像は足利直義像であるとする新説が発表されました。その後、歴史学者の黒田日出男氏が米倉説を補強。今では、こちらの説の方が有力視されています。

論拠としては、着用している冠の形式が鎌倉末期以降にしか見られないことや、三像に使用されるほどの大きさの絹は鎌倉後期以降に出現し、それ以前は絹をつないでいたと考えられること等が挙げられています。

さらに、康永4年(1345年)4月23日の日付の『足利直義願文』に、「自分(直義)は結縁のため征夷将軍(足利尊氏)と自分の影像を神護寺に安置する」とあり、この願文を元に、通常2人の肖像が並立する場合、右に上位者、左に下位者を配置することなどを根拠として、左向きの伝平重盛像が足利尊氏、右向きの伝源頼朝像が足利直義に比定。そして、残る藤原光能像については、京都等持院の足利義詮(よしあきら)木像との類似から、尊氏の子義詮を描いたものである可能性を提示しました。

新説が正しいとすると、頼朝は一体どのような顔をしていたんでしょう。想像してみるのも楽しいかもしれません。

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