« 2015年10月 | トップページ | 2015年12月 »

2015年11月

2015年11月30日 (月)

2015年歴検日本史1級を受けての感想

昨日行われた歴検1級日本史の感想を述べます。

今年も昨年、一昨年並みの難易度で、1級らしいレベルをキープしていました。とりわけ大問2番の記述問題、大問4番の4肢択一問題が難しかったように思います。

大問2番の問2は、「元寇には資源獲得戦争の側面があった」という最新の学説をふまえた問題で、そこまで目を配れていなかったため、とても勉強になりました。「山川」色が強すぎるきらいはありますが、教育的価値のある良問だったと思います。しかし、1275年の元の正使の名を記述で答えさせる問5は、正直言って出題意図に疑問を感じます。せめて選択肢をつけるべきだったのではないでしょうか。

大問4番の問9は2012年以来の出題でした。過去問学習をしていた人は難問ですが正解できたのでは。問1の「立憲帝政党」は別にしても、吏党は民党と異なり盲点となりがち。そういう意味で、判断に迷うものがいくつかあったように思います。

個人的には、昨年より得点することができました。しかし、目標には及ばなかったので反省が残ります。2013年以降、1級で90点以上を取るのは、不可能ではありませんが、かなり難しくなりました。そこをクリアするためには、日頃からアンテナを立てつつ、知的バックボーンを広く、深くしていくしかないのではないかと考えています。全国の1級受験者の皆さんはどうお考えですか。

2015年11月29日 (日)

本日は歴検なり

本日は歴史能力検定の実施日です。私は日本史1級を受験します。

全国の歴検受験者の皆さん、お互いに頑張りましょう!

2015年11月28日 (土)

選択肢がなければ

センター試験の問題から選択肢を取り除くと論述を主体とする国公立の二次試験のようになりますが、同じことは歴検1級についても言えます。

問 下線部(日本では必ず選びとられる)に関連して、中世から近世初期にかけての銭とその流通について述べた文として誤っているものを、次の①~④のうちから一つ選べ。(2006年 日本史1級)
① 日本各地の中世遺跡発掘調査の結果、中世に流通していた貨幣の多くが、輸入された宋銭か明銭であることがわかった。貨幣需要が増大する室町時代になると、中国銭を模して日本国内で鋳造された私鋳銭も流通するようになった。
② 農民みずからが年貢の銭納をおこなうなど貨幣経済が民衆に深く浸透すると、高利貸業を営む土倉が成長し、有志が集まりあって互助団体をつくって資金を融通しあう祠堂銭が広がるなど、様々な種類の金融活動が発達した。
③ 私鋳銭が横行して円滑な貨幣流通が阻害されると、取引の円滑化を図るために、戦国大名などによって、領内に通用する良銭の基準や種類、貨幣間の交換率などを定めた撰銭令が発布された。
④ 後醍醐天皇によって貨幣の鋳造が計画されたが、これは実現にはいたらなかった。のちに豊臣秀吉は、佐渡・石見・但馬などの主要な鉱山を直轄して金銀の生産を独占し、後藤徳乗に命じて天正大判を鋳造させた。

②「有志が集まりあって互助団体をつくって資金を融通しあう」のは頼母子。祠堂銭は寺院の金融業の資金として利用された。

解答 ②

問 下線部(きわめて多種多様な銭貨や私鋳銭が支払手段として流通することになった)に関連して、こうした貨幣の流通状況に対応するため、15世紀後半以降、室町幕府や戦国大名はしばしば撰銭令を発するようになり、そこには、例えば「100文の内、良質な中国銭を30文混ぜて使え」、「小型の銭を槌で打ち広げたものや日本で鋳造された銭などを使用してはならない」、「良質な中国銭を撰銭してはならない」などと記されていた。ここにしめした文言を読みとりながら、室町幕府や戦国大名が撰銭令を発した意図と撰銭令の持つ基本的な内容について、60字以内で説明せよ。(2011年 日本史1級)

与えられた文言や、上に示した2006年の選択肢③が参考になる。

(解答) 
貨幣流通や取引の円滑化を図るため、良銭の基準や混入比率を示したり、悪銭の使用や撰銭行為を禁じた撰銭令を出した。

2015年11月27日 (金)

さらばズッコケ三人組

9784591007761_2「ズッコケ三人組」シリーズが12月発売の最新刊で終了します。

同シリーズは、1978年の第1作刊行以来、累計2500万部以上読まれた国内児童文学最大のロングセラー。私も小学生のとき好きで、よく読みました。

作者の那須正幹さんは、最新刊のあとがきにこう記しています。

「ズッコケの3人組は、平和と民主主義の申し子だった。彼らがあれだけ元気に駆け回れたのは、平和で民主的な日本だからであって、これからの日本はあまりいい時代にならないんじゃないか。そういう時代に生きる彼らは書きたくない」

この言葉を、私たちは重く受け止めなければならないと思います。

2015年11月26日 (木)

歴検2級でみる大槻玄沢

一関出身の歴史上の人物で、最もよく試験に出題されるのは大槻玄沢でしょう。たとえば、2009年の歴検日本史2級では、以下のような問題が出題されました。

近世の産業と文化について述べた次の文章を読み、あとの問いに答えなさい。

(略)
 こうしたなかで、前野良沢や杉田玄白らが1771年から3年余りの苦心のすえ、オランダ語本の『ターヘル=アナトミア』から『解体新書』を訳出して、西洋の解剖医学をはじめて日本に紹介した。18世紀末には、玄白に学んだ宇田川玄随が内科医学を研究して『西説内科撰要』を著し、玄白と良沢に学んだ大槻玄沢は、江戸に(    )を開いて多くの門人を教え、蘭学の入門書として『蘭学階梯』を著した。その門人である稲村三伯も『ハルマ和解』という最初の蘭日辞典を完成させた。また、志筑忠雄は『暦象新書』をあらWして、ニュートンの万有引力の法則などを紹介している。こうした事例以外にも、18世紀から19世紀にかけての時期には、多芸多才な人物や思想家たちがつぎつぎに出現した

問1 空欄にあてはまる私塾の名称として正しいものを、次の①~④のうちから一つ選べ。
 ① 芝蘭堂  ② 懐徳堂  ③ 咸宜園  ④ 松下村塾

問2 下線部に関連して、18世紀から19世紀にかけて活躍した人物について述べた文とし
  て正しいものを、次の①~④のうちから一つ選べ。
 ① 貝原益軒は、大坂の町人学者で、合理主義の立場から儒教・仏教などの既成の教
  学に対して疑問の目をむけた。
 ② 平賀源内は、高松の足軽の家に生まれ、長崎で学んだ科学の知識をもとに物理学
  の研究を進め、エレキテルの実験をした。
 ③ 富永仲基は、『西域物語』や『経世秘策』を著して、開国による重商主義的国営貿易
  を主張した。
 ④ 佐藤信淵は、『自然真営道』を著して、万人みずから耕作して生活する自然の世を理
  想とし、武士が農民から収奪する社会や身分社会を否定した。

問1 大槻玄沢の開いた芝蘭堂では、太陽暦の1月1日に新年を祝うオランダ正月を開催
  していた。
問2 ①は山片蟠桃、③は本多利明、④は安藤昌益について述べている。

解答 問1 ①  問2 ②

2015年11月25日 (水)

歴検2級でみる自民党

自民党は今年で結党60年を迎えました。自民党に関して、2010年の歴検日本史2級では、以下のような問題が出題されました。

55年体制下の自由民主党について述べた次の文章を読み、あとの問いに答えなさい。

 1955年、財界の強い要望を背景に(    )と自由党が合流して、自由民主党が結成された。この保守合同により、保革対立のもとでの保守一党優位体制が40年近く続くことになった。いわゆる55年体制である。(略)

問1 空欄にあてはまる政党の名称を、漢字5字で記せ。

問2 下線部に関連して、この時の自由民主党初代総裁を首相とする内閣がおこなった政
  策について述べた文として誤っているものを、次の①~④のうちから一つ選べ。
 ① 再軍備を促進するために国防会議を発足させた。
 ② 憲法改正をとなえて憲法調査会を成立させた。
 ③ 「日米新時代」をとなえ、日米相互協力及び安全保障条約に調印した。
 ④ 「自主外交」をうたって日ソ共同宣言に調印し、国交を回復した。

問1 1955年、改憲を阻止するため、社会党が再統一。それに刺激されて、保守陣営の日
  本民主党と自由党とが合同。自由民主党が誕生した。
問2 自由民主党初代総裁は鳩山一郎。③は岸信介内閣の出来事。

解答 問1 日本民主党  問2 ③

2015年11月24日 (火)

盛りだくさんの3日間

昨日まで世の中的には3連休でしたが、一関学習塾は異なりました。

三者面談、附中選抜検査直前講習の開始、中学生のテスト対策、体験授業。なかなか盛りだくさんの3日間でした。

休みの中、塾で勉強した生徒の皆さん、目標実現のために最後まで頑張りましょう。

面談に足を運んでいただいた保護者の皆様、ご理解とご協力に感謝申し上げます。ありがとうございました。

2015年11月23日 (月)

思い込みも時には大切

自分に言い聞かせろ。俺はラッキーだと。

2015年11月22日 (日)

北の鉄人

ワールドカップ以来、ラグビー人気が高まっていますね。国内のトップリーグにも、多くのお客さんが足を運んでいます。

岩手県人にとって、ラグビーといえば新日鉄釜石です。1978年から1984年まで主将の松尾雄治らを擁して、日本選手権で最多の7連覇を達成。獲得タイトル数も神戸製鋼を抑え、堂々の歴代1位。そのあまりの強さから「北の鉄人」と呼ばれ、日本ラグビー史に一時代を築きました。

小学生の頃、釜石の試合はよくテレビ中継されていたことを覚えています。またラグビーを見てみようかな。

Kamaishi7renpamatsuo_2 

2015年11月21日 (土)

憎らしいほど強かった

20日、直腸がんによる多臓器不全のため、日本相撲協会の北の湖理事長が死去しました。62歳でした。

北の湖は中学生力士として三保ケ関部屋から初土俵を踏み、驚異的なスピードで出世。21歳2カ月の史上最年少で74年名古屋場所後に横綱昇進を果たしました。  

大きな体、器用な取り口で抜群の安定感を誇り、破った相手に手を差し伸べることが少ないふてぶてしい態度もあり、「憎らしいほど強い」と評されました。

通算勝ち星は951勝で歴代4位、横綱として挙げた670勝、在位63場所は歴代1位。同時代には輪島らがいましたが、北の湖の実力は圧倒的で、優勝24回という当時歴代2位の記録を残しました。

北の湖理事長のご冥福をお祈りいたします。

Kitanoumi

2015年11月20日 (金)

うちの塾に見られる現象

大学の講義でも何かのセミナーでも、やる気のある連中は前の方の席を取るものです。それと同じかどうかわかりませんが、うちの塾生は全体的に塾に来るのが早い。

東磐井郡や県外の生徒がいるにもかかわらず、運動部の高校生を除いて、3時台、4時台、大体5時台にはほぼ全員が出そろいます。塾には午後2時から10時の間であればいつ来てもよいことになっているのですが、不思議なものであまりばらけることはありません。

ですから、これから通塾する方で、混んだ時間帯を避けたい方には6時以降にいらっしゃることをおすすめします。

2015年11月19日 (木)

呼応の副詞とは?

副詞には、一定の文末表現とペアになっているものがあります。呼応の副詞と呼ばれるものです。古文でいう、「な~そ」(禁止)、「え~打消」の類がそれです。

呼応表現を問う問題は知っていれば簡単に回答が出せるので、代表的なものは覚えてしまいましょう。

それでは、どのような表現が呼応の副詞と呼ばれるものなのでしょうか。下記に、よく使われるものを挙げてみました。ぜひ参考にしてください。

たぶん、おそらく   → ~だろう           推量
決して、全然、少しも → ~ない          打消
まさか、よもや    → ~まい、~ないだろう   打消推量
もし、たとえ、仮に  → ~ならば、~ても     仮定
決して        → ~してはならない      禁止
まるで、あたかも   → ~ような          比喩

2015年11月18日 (水)

ロボコン2015

一関高専の機械技術部は、全国高等専門学校ロボットコンテスト(ロボコン)2015東北地区大会で優勝。22日に東京の両国国技館で開幕する全国大会に出場します。

ロボコンは、自らの手でロボットを作ることの面白さを体験してもらう全国規模の教育イベント。今年の競技課題は「輪花繚乱」で、ロボットによる輪投げ対決となります。

部員たちは今、全国大会に向けてマシンに磨きをかけていることでしょう。出場する3人は「目標は全国優勝」と口をそろえます。

「二位じゃだめなんですか?」と言った政治家がいましたが、「日本一の富士山は誰でも知ってるけど、二位の北岳を知っている人が果たしてどれだけいるか?」と、逆に問いたい。そのくらい一位と二位には差があると思います。

優勝しなければ見えない景色が必ずあります。一関高専の3年ぶり3度目のロボコン制覇を祈ります。

2015年11月17日 (火)

天龍引退

プロレスラーの天龍源一郎さんが日曜日の試合で引退しました。

引退試合で新日本プロレスのIWGPヘビー級王者・オカダ・カズチカと対戦し、オカダのレインメーカー(ショートレンジ式ラリアート)で敗れました。大相撲の名門、二所ノ関部屋からジャイアント馬場率いる全日本プロレスなどで活躍。昭和のプロレスを象徴する男がまた一人、リングから去りました。

天龍さんは、痛みの伝わるプロレスを標榜していたこともあり、相手のどんな技も徹底的に受けて相手を光らせる術に長けていました。 ビッグマッチでは受けの時間の方が長いくらいで、それに耐え切った後の反撃には凄まじいものがありました。

これだけ激しい試合を何十年も続けてきたのですから、きっと体はボロボロだと思います。天龍さん、長い間、お疲れ様でした!

2015年11月16日 (月)

公中検模試11月号

昨日、塾で公中検模試を実施しました。受験した皆さん、お疲れ様でした。

これまでも多少練習してきましたが、直前講習・冬期講習を含め、これからさらに作文や総合問題に取り組む機会が増えていきます。繰り返す中で時間配分や答案作成のコツを体得していきましょう。

各自の課題をクリアしていきながら、皆が合格に一歩でも二歩でも近づけることを願っています。

2015年11月15日 (日)

信じることだ

子どもたちの力を信じ、少々レベルの高いことでも与えていく。

「この程度」と、勝手に線引きしてはならない。

2015年11月14日 (土)

予備校文化

かつて予備校文化というものがありました。高校でも大学でもなく、他ならぬ予備校で人生を学び、生き方に多大な影響を受けた若者がたくさんいました。かく言う私もその一人です。

大学志願者数が90万人を越えピークを迎えた、我々団塊ジュニア世代までが予備校文化を知る最後の世代ではないでしょうか。

『予備校ブギ』の主題歌だったこの曲を聴くと、良くも悪くも、予備校文化華やかりし頃の90年代前半を思い出します。

2015年11月13日 (金)

再現率を高めよう!

再現率を高める、つまり、偶然の要素をなくしていくことが大切です。

たまたまうまくいっただけなのに、「うまくいった」という現象だけを取り上げて喜んでいてはいけません。

ボーリングでいうなら、まぐれのストライクよりも、狙って1ピンだけ倒す方が価値があると思いませんか。

偶然の要素を排し、再現率を高めることが、平常心を保つことや自信につながるのです。

2015年11月12日 (木)

冬期講習のご案内

Illust1951一関学習塾の通常授業及び冬期講習のお知らせがホームページ上にUPされています。

塾生には来週から案内を配布します。塾生以外でも興味のある方がいらっしゃいましたら、ホームページをご覧いただくか、直接お問い合わせいただければ幸いです。

席には限りがございますので、希望者はお早めにご連絡ください。よろしくお願いいたします!

【連絡はこちらへ】
一関学習塾 0191-48-3897
        一関市大町7-7ニューよこや1F 

2015年11月11日 (水)

円高と円安

円高・円安は、「円の価値」が高くなったか、低くなったかによって決まります。

[例]10000円をドルに換金(かんきん)する場合

   ・1ドル=200円のとき→50ドル

   ・1ドル=100円のとき→100ドル

外国のお金に対して円の価値が高くなることを「円高」といいます。
1ドル=200円→100円になった場合、[例]では10000円を50ドル→100ドルと、200円のときと比べ多くのドルと換金できました。つまり、「円の価値が高くなった」ので「円高」ということになります。

外国のお金に対して円の価値が低くなることを「円安」といいます。
1ドル=100円→200円になった場合、[例]では10000円を100ドル→50ドルと、100円のときと比べ換金したドルは少なくなりました。つまり、「円の価値が低くなった」ので「円安」ということになります。

1ドル=200円→100円は、表面上は円安に思えてしまうかもしれませんが、そうではありません。気をつけましょう。

2015年11月10日 (火)

附中志望者の三者面談が終わって

先週、一関一高附属中学校を志望する小6生の三者面談が終了しました。

15日には公中検模試、その後は直前講習、冬期講習と続きます。

本番まで残り2か月ちょっと。小学生には少しハードかもしれませんが、悔いの残らぬよう、最後までできるだけのことをしていきましょう!!

2015年11月 9日 (月)

脳の成長に従って

人間の脳は成長にしたがって変化し、記憶の能力も変わってくることをご存知でしょうか?

中学生の頃までは、言葉や数字などを単純に記憶する「知識記憶」の能力が高い人が多く、定期テストなどでも丸暗記で乗り切ることができます。

ところが、高校生になると、自分の経験や理解と結びついた「経験記憶」重視の脳に変わっていき、単純な丸暗記に苦痛を覚えるようになります。

高校生の皆さんは、丸暗記ではなく、覚え方を工夫したり、理解を重視して知識を身に付けるようにしましょう。その方が覚えやすいと同時に、忘れにくくなるはずです。知識は膨大ですが、暗記の負担はできるだけ軽くしたいものです。

2015年11月 8日 (日)

公中検模試実施のお知らせ

280pxichinoseki_1st_high_school_3一関学習塾から小学6年生の皆さんにお知らせです。

当塾では、11月15日(日)に、小6生対象の公中検模試を実施いたします。一関一高附属中学校の適性検査と同じ方式の試験ですので、附中を志望される方は、本番のシミュレーションの機会としてぜひご活用ください。料金は4,500円です。

塾生以外も受けられますが、席には限りがございます。受験を希望される方はお早めにご連絡ください。

【連絡はこちらへ】
一関学習塾 0191-48-3897
        一関市大町7-7ニューよこや1F 

2015年11月 7日 (土)

応仁の乱について

近年は減ってきましたが、大学入試において、日本史の問題として小論文的出題が見られることがあります。

古いものではありますが、1981年の東大二次試験を例にあげます。

「だいたい今日の日本を知るために日本の歴史を研究するには、古代の歴史を研究する必要はほとんどありませぬ。応仁の乱以後の歴史を知っておったらそれでたくさんです。それ以前のことは外国の歴史と同じくらいにしか感ぜられませぬが、応仁の乱以後はわれわれの真の身体骨肉に直接触れた歴史であって、これを本当に知っていれば、それで日本歴史は十分だと言っていいのであります。」 これは、東洋学者として知られた内藤湖南が、1921(大正10)年、「応仁の乱について」と題して行なった講演の一節である。この部分だけを取り出してみると、あるいはあまりにも極端な議論と思われるかもしれない。しかし、この発言の前で、湖南はほぼ以下のことを述べて、その主旨を説明している。

(1) 歴史とは、ある一面からいえば、いつまでも下級人民の向上発展してゆく過程であるといってよい。日本の歴史もまたそうであるが、中でも応仁の乱は、そのもっとも大きな記録である。

(2) 元来、日本の社会は、地方に多数の有力な家があって、そのおのおのを中心につくられた集団から成り立っていた。ところが今日、多数の華族のうちで、公卿華族を除いた大名出身の家の大部分は、みな応仁の乱以後に出て来た家である。応仁の乱以前にあった家の多数は、応仁以後の長い争乱のため、ことごとく滅亡している。応仁の乱以後百年ばかりの間は、日本全体の身代の入れかわりである。こういうことから考えると、応仁の乱は日本をまったく新しくしてしまったのだ。

以上に要約した論旨を参考にしつつ、各人の自由な視点から、湖南の見解を、400字(句読点も1字に数える)以内で論評し、答案用紙に記入せよ。

「自由な」視点から論評せよとありますが、何でもよいわけではもちろんなく、歴史的事実に基づいて答案を作成しなければなりません。そして、「論評せよ」というのですから、湖南の見解に賛成か反対かを明記することが必要です(そもそも小論文とはそういうものです)。賛成でも反対でもどちらでもよいですが、論理的に解答をまとめることを心がけましょう。

以下に解答例を示します。もっと良い答案もあり得るでしょうから、向学心の高い皆さんや東大を志望される皆さんは各自チャレンジしてみてください。

(解答)
 私は、「今日の日本の歴史を研究するには、応仁の乱以後の歴史を知っていれば十分である」という内藤湖南の見解には賛成できない。
 たしかに湖南の言うように、華・士族のほとんどは応仁の乱以後の下剋上によって出て来た家であり、それ以前にあった家の多数は滅亡してしまった。また、発言当時の農村社会は兵農分離によって成立した近世の農村を基盤にしている。加えて、この頃生まれた書院造は現在の和風住宅の源流となっている。こうしてみると、湖南の見解には一定の妥当性が認められる。
 しかし、近世の農村は南北朝期に登場した惣村が元になっているし、和歌や大和絵など文化の連続性も無視することはできない。何より、王政復古によって成立した明治維新は古代史を前提としなければ理解できないものである。
 このような点を考慮すると、湖南の見解には全面的には賛成しかねる。

2015年11月 6日 (金)

律令国家日本の国家意識と外交

次の(1)~(4)の8世紀の日本の外交についての文章を読んで、下記の設問に答えなさい。(2003年 東大)

(1) 律令法を導入した日本では、中国と同じように、外国を「外蕃」「蕃国」と呼んだ。ただし唐を他と区別して、「隣国」と称することもあった。
(2) 遣唐使大伴古麻呂は、唐の玄宗皇帝の元日朝賀(臣下から祝賀をうける儀式)に参列した時、日本と新羅とが席次を争ったことを報告している。8世紀には、日本は唐に20年に1度朝貢する約束を結んでいたと考えられる。
(3) 743年、新羅使は、それまでの「調」という貢進物の名称を「土毛」(土地の物産)に改めたので、日本の朝廷は受けとりを拒否した。このように両国関係は緊張することもあった。
(4) 8世紀を通じて新羅使は20回ほど来日している。長屋王は、新羅使の帰国にあたって私邸で饗宴をもよおし、使節と漢詩をよみかわしたことが知られる。また、752年の新羅使は700人あまりの大人数で、アジア各地のさまざまな品物をもたらし、貴族たちが競って購入したことが知られる。

設問
この時代の日本にとって、唐との関係と新羅との関係のもつ意味にはどのような違いがあるか。たて前と実際の差に注目しながら、6行(180字)以内で説明しなさい。

設問を読んだ段階で、「唐との関係は、たて前では……であったが、実際は……であった。一方、新羅との関係は、たて前では……であったが、実際は……であった」のような答案の大枠を思い描くことができていれば、採点ポイントが4つあることは容易につかめたでしょう。しかし、それだけでは十分ではありません。実は、採点ポイントはもう1つあります。それは、「日本中心の華夷秩序(たて前)と、唐中心の華夷秩序(実際)」というポイントです。

律令国家日本が唐と同じ帝国構造を作り上げようとしていたことを理解できたかどうかが最大のポイントで、与えられた条件文の要約に終始するだけでは、おそらく合格点には達しないものと思われます。

(解答)
独自の律令法を制定した日本は、たて前では「小中華帝国」を自認し、唐と対等の立場を主張したが、実際は唐に朝貢する約束を結んでいた。一方、新羅との関係においては、たて前では属国扱いを続けたため両国関係は緊張することもあったが、実際は貴族が新羅使をもてなしたり、頻繁な新羅使の来日は大陸文化摂取の貴重な機会でもあった。
      

2015年11月 5日 (木)

日本史論述を必要とする方に

日本史の設問形式のうち、正誤問題と並んで最も過酷なのが論述問題です。

内容もですが、それ以上に厳しいのが時間的制約。国公立二次でも私立でも、1問に20分以上かけられるところは少ない。

限られた時間で合格答案を仕上げられるようになるにはどうしたらよいでしょうか。思うに、それは1問1問に真剣に向き合い、自分の頭でじっくり考えた経験をどれだけ積むかに尽きるのではないでしょうか。

最初は採点上のポイントが明記されている参考書・問題集を使うことをお薦めしますが、慣れてきたら、書いていなくても採点上のポイントが何であるかを自分でつかめるようにする。そこまで行けば恐いものはありません。また、大学の側もそのような学生を求めているように思います。

論述対策を効果的なものにするためには、「お約束の基礎」をできるだけ早く身に付けることと、論理に習熟することが大切です。これらなしに、どれだけ問題演習を重ねてもさほど力にはならないでしょう。

論述問題を必要とする大学を目指す皆さんの参考になれば幸いです。

2015年11月 4日 (水)

スヌーピー殿堂入り

2015110300000007jijp0004view_22日、スヌーピーがハリウッドの殿堂入りを果たし、式典に出席しました。

65年前に誕生したスヌーピーは、漫画やアニメのキャラクターとしては、ミッキーマウスやドナルドダックなどに続いての殿堂入りとなりました。また、犬としては、ラッシー、リンチンチンらの仲間に加わりました。

日本では、スヌーピーはキャラクターとしての側面が強く、漫画作品を読んだことのない方が多いように思います。まだの方はぜひご一読を。なかなか深く、考えさせられる面がありますよ。

2015年11月 3日 (火)

東大初の推薦入試

東京大学が、後期日程入試に代わって初めて推薦入試を実施します。出願期間は11月2日から6日。募集人数は100人程度。

「成績が学校の上位5%以内」や「商品レベルのソフトウエア開発経験など、自然科学で卓越した能力」、「高い語学力」など、学部ごとに定められた要件を証明する資料を添えて出願。書類で1次選考をし、パスした者には面接などの2次選考を実施。センター試験の成績との総合評価で合否が決まります。

推薦入試といっても楽な点は一つもなく、むしろ一般入試よりもハードなくらいです。この条件をクリアできる生徒なら、一般入試でも十分合格できるでしょう。あえて少ない枠で労力を使うよりも一般入試に的を絞った方がよいのでは、というのが率直な印象です。

東大の推薦入試に関しては賛否両論あると思いますが、ここまで高いレベルを求めるかどうかは別にしても、推薦入試を安易なものにしないという方向性はよいと思います。というのは、受験勉強が大変だからという理由で、推薦入試に「逃げる」者が少なからずいるからです。

この厳しい条件の中、どのくらい出願者が集まるか、要注目です。

Todai0251

2015年11月 2日 (月)

一度で全部覚えようとしない

成績を上げるためには、覚えるべきものは覚えねばなりません。暗記は避けて通れないものです。しかし、一度で全部を覚えようとしても、それは難しい。

単語帳や参考書の内容を一度で全部覚えようとして、じっくり通読する人もいることでしょう。一度で覚える方が効率的だと思われるかもしれませんが、記憶の定着には反復が重要です。一度にすべて覚えようとしても記憶が定着しないため、時間ばかりかかってかえって非効率だと言えます。

忘れることを計算に入れて、手間暇を惜しまないことです。暗記すべき内容は、繰り返し見直すと覚悟を決めましょう。一度で完璧を目指して挫折するより、何度も繰り返して定着を図ることを目指してください。

2015年11月 1日 (日)

実験は成功だったか?

1993年の今日、マーストリヒト条約が発効。EUが発足しました。

一つのヨーロッパ、この壮大な実験は成功だったのでしょうか。昨今のヨーロッパを見ていると、どうもそうではないような気がします。

国内が不況に陥っても、マーストリヒト条約の制約がきつすぎて、独自の財政政策、金融政策がとれない。これでは手の打ちようがありません。

モノ、カネ、ヒトの移動を自由にする、いわゆるグローバル化の推進のために「障壁」を取り除くということは、国際条約が国の主権を制限するということです。

TPPもこういう類い。ヨーロッパの現状を見ていると、不安を覚えずにはいられません。

« 2015年10月 | トップページ | 2015年12月 »