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2014年9月 8日 (月)

武田信玄画像のこと

M_s_singen高野山成慶院に伝わる右の画像は、長らく武田信玄を描いたものとされてきました。しかし、近年では、実は別人を描いたものだと考えられるようになっています。それは以下の理由からです。

成慶院画像は、出家後の晩年の姿を描いたものと考えられてきたが、よく見ると後頭部に髷があり、出家を示す袈裟も描かれていないこと。

武田家の家紋である菱紋ではなく、二引両紋(ふたつびきりょうもん)という家紋(足利家、畠山家)が描かれていること。

落款より、絵師は能登出身の長谷川等伯であることは間違いないが、信玄と等伯との接点は何ら認められず、等伯が信玄を描く必然性がないこと。

これらの理由から、成慶院画像は、これまで信じられてきた武田信玄ではなく、能登守護畠山氏の可能性が高いということができます。

信玄は労咳を持病に抱えていました。ですから、いかにも戦国武将然とした、体格のよい人物ではなく、実際は細身の男であったと思われます。

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