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2014年5月22日 (木)

本音と建前の区別が生まれた背景

『「世間」とは何か』(講談社現代新書)を上梓する直前に、大学に阿部謹也先生がいらっしゃって「世間」に関する話をしてくださいました。当時の私には少し難しかったですが、先生の話を聞けたことはとても貴重な体験だったのだなと、今にして思います。

私の理解では、「世間」とは、個人よりも集団を優先させる、日本特有の人間関係のあり方をいいます。

「世間」は、自分たちの「暗黙の掟」を破る者に対して、陰口、無視、いじめ、度を越したバッシングなど、容赦のない制裁を加えます。「世間」の中で生きる日本人は、したがって、「世間」から仲間はずれにされることを極端に恐れます。

このようなわけで、日本人は、「世間」の声を代弁した建前によって、個人の意見である本音を隠すようになったのです。つまり、日本人が本音と建前を区別する背景には、「世間」の抑圧的なはたらきがあったのです。

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