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2013年9月21日 (土)

『オツベルと象』の最後の一文

今日9月21日は、宮沢賢治の忌日です。

賢治は数多くの作品を残しましたが、なかでも『オツベルと象』は、私にとって思い出深い作品です。幼いころの読み聞かせの記憶があるからというだけでなく、最後の一文「おや、川へはいっちゃいけないったら」の意味がわからなくて、妙に印象に残ったからです。

一般に、この作品は、資本家が労働者から搾取し罰を受ける話とみなされています。すなわち、オツベルが資本家の、象が労働者の象徴というわけです。あるいは、オツベルやその使用人たる百姓を人間とみなし、象を自然とみなす解釈も存在します。そうだとすると、これは人間が自然を利用し、ついに自然が反乱を起こす物語だということになります。どちらももっともらしい解釈です。けれども、いずれも「川へはいっちゃいけない」理由の説明にはならないように思えます。

ところで、この作品には、「回転する稲扱器械」、「同じ擬音の繰り返し」、「月」といったように、「円」をイメージさせるものがたくさん登場します。一方、問題の「川」は「直線」的なものをイメージさせます。

「円」とは、繰り返される四季とともにある農村社会、「直線」とは、進歩を重視する資本主義社会を表しているのではないでしょうか。つまり、この作品は、円環的な農村社会が崩れ、進歩重視の資本主義社会となり、それが再び崩壊して円環的社会に還る物語なのです。だとするなら、「川へはいっちゃいけない」とは、「後戻りを許さない進歩の世界へ入ってはいけない。そこに入ってしまうと、資本主義的な考え方にどっぷり浸かって、争いを繰り返してしまう」という意味に解釈できるのではないでしょうか。

『オツベルと象』は賢治作品の中ではあまり有名な部類ではありません。しかし、多様な解釈を許すのが良い作品だとするなら、『オツベルと象』は紛うことなき名作です。

Miyazawakenji_2

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